2015年12月15日火曜日

講演会「ヒマラヤの森林限界に対する気候変化の影響」

第24期(2013年度)のプロ・ナトゥーラ・ファンド助成を受けたネパールトリブバン大学のディネス・ブジュ博士の講演会が以下の通り開催されます.ご興味をお持ちの方は是非,ご参加下さい.

 

(要旨)
 

気候変動がネパールヒマラヤの樹木限界に及ぼす影響



ディネシュ・R・ブジュ(ネパール科学技術アカデミー)
 

Key words: Abies spectabilis(ヒマラヤモミ), エベレスト地域、種組成、樹木限界の移動 

 気候変動がヒマラヤの自然に影響を及ぼしているという証拠はこれまでにもいくつか報告されてきました。ネパールヒマラヤでは他の地域よりも急速に年平均気温が上昇していることを示す気候データが得られています。狭い国土にもかかわらず標高60mから8,000m超までの幅広い標高域を有し気候の変化に富むネパールでは樹木の種数も豊富で、樹木の年輪に関する研究(年輪年代学)においてもさまざまな研究が可能です。とりわけ、高地の樹木限界(高木種が生育できる上限高度)における年輪データは過去や近年の気候変動に敏感に反応する生物指標であり、同時に高地の生物相や住民の生活の危険を知らせる警報を発する手がかりを与えてくれます。しかし、ヒマラヤ、とくにネパールヒマラヤにおいては、高地の生態系や生物種に対する気候変動の影響についての科学的な研究はまだ始まったばかりです。

 私たちは東西に細長いネパールヒマラヤの7つの高地自然保護区で、樹木限界付近の移行帯における気候変動の影響を調べるために年輪気候学的研究(年輪に記録された過去の気候条件の変化を調べる研究)を行いました。調査した保護区は東から順に、カンチェンジュンガ、サガルマタ(エベレスト)、ランタン谷、マナスル、アンナプルナ、ララ地区、アピ−ナンパ地区の7カ所で、各保護区内に2ないし3の調査地を設定しました。各調査地では、異なる斜面方位ごとに、樹木限界をまたぐ形で幅1020m、長さ100250mのトランセクト調査区(細長い帯状の調査区)を設置し、植生調査を実施しました。また、ヒマラヤモミ(Abies spectabilis)、ダケカンバ類(Betula utilis)、シャクナゲ類(Rhododendron campanulatum)等の樹木限界に生育する主要な種の計1,200本以上の個体から年輪サンプルを採取し、年輪幅に見られる気候の影響、新規個体の定着、樹種ごとの個体群動態等について解析しました。

 研究の結果、樹木限界の標高は東部ネパールでは海抜4,150m、西部ネパールでは3,800mと、東部で高いことがわかりました。また立木密度、基底面積(BA、全ての個体の樹幹断面積の合計)、胸高直径、樹高、樹齢といった数値はいずれも標高が上がるにつれて小さくなる傾向が見られ、樹木限界が条件によって変動することが明らかになりました。ほとんどの調査地で、新規個体の定着はヒマラヤモミの方がダケカンバ類より旺盛でした。これらの樹種の樹齢構成を見ると、多くの調査地で、ほぼ同齢の集団が空間的にまとまりつつ、同時に樹木限界が標高の高い方へ移動しつつあることがわかりました。年輪データの解析によると、ほとんどの調査地でダケカンバ類がはじめに侵入し、後にヒマラヤモミに取って代わられていることがわかりました。近年、ヒマラヤモミの新規個体の定着がダケカンバ類よりも盛んであることから、ネパールヒマラヤの樹木限界は樹種構成の変化を伴いながら移動しつつあることがわかりました。

 ヒマラヤモミの分布域は標高にして年間1.13.6mの速度で上昇しつつあります。各調査地に共通して見られた年輪幅変動の傾向は、ネパールヒマラヤ全域に及ぶ気候条件が樹木の成長と定着に影響していることを示しています。成長や新規個体の定着と気候条件の関係を解析した結果、モミ類については冬季の温暖化と夏季の湿潤化が新規個体定着を促進し、プレモンスーン季(35月)の気候条件が年輪成長を促進していることがわかりました。ダケカンバ類の成長はおもにプレモンスーン季の水分条件によって左右されているようです。個体群構造や気候条件に対する成長反応の違いは、種によって気候変動に対する反応が違うことを示しています。従って、今後の気候変動に対する反応は樹種によって大きく異なることが予想されます。こうした変化は、樹木限界のすぐ上にある放牧地に依存して生活している貧しい山地民の生活にも影響を及ぼすでしょう。(翻訳 尾崎煙雄)